親知らずを抜くときは、痛みをなくすために麻酔をします。
実際に麻酔をした方は知っているかもしれませんが、麻酔がちゃんと効く人と、効かない人がいます。また、抜歯が終わったあとの不快症状が強くでる人と、まったくでない人もいます。
なぜこのような違いがでるのか不思議ですよね。
今回はこういった麻酔の疑問について説明をしていきます
また、歯科においてどのような麻酔が使用されているのかも紹介していきたいと思います
目次
1. 親知らずを抜くときに行う麻酔は3種類ある
親知らずを抜くときは、大体の人が局所麻酔だけで治療をします。局所麻酔とは、抜く歯の周りにだけ麻酔をする方法のことで、注射で歯ぐきに麻酔します。
局所麻酔と対を成すのが全身麻酔となります。全身麻酔については下のほうで(6.)軽く紹介をします。
今回は一般的に行われる局所麻酔を中心に説明していきます。
1-1.最初に歯ぐきに「表面麻酔」を塗る
最初にジェル状の麻酔薬を歯ぐきに塗ります。これを塗ることによって、注射針で歯ぐきを刺される時のチクッとした痛みを軽くします
表面麻酔は粘膜の感覚をなくすことができますが歯の痛みをなくすことはできません。抜歯や虫歯の治療のときは、次に紹介する注射の麻酔が必須となります。
1-2.一般的で安全、注射で麻酔する「浸潤麻酔」
注射で歯の周りを麻酔します。麻酔液は歯ぐきから骨に浸透し、歯の神経に薬が到達すると麻酔が効きます。
残念ながら浸潤麻酔は効きにくい人がいる!
薬が骨に浸透しないと麻酔の効果がでません。骨は空洞が多い海綿骨と、空洞がない密な皮質骨の2層でなっています。
下顎の骨は上顎にくらべて皮質骨の厚さがあり麻酔が浸透しにくいので、下の親知らずを抜く人は麻酔がききにくいことがあります。歯を抜くときに「痛い思いをした」と人から聞いたことがあるかもしれませんが、原因は下顎骨の構造のせいだったのです。
麻酔がうまくきかない人は、麻酔を打ったあとの時間を通常より長くとったり、麻酔の量を増やしたり、麻酔を打つ場所をかえて対応します。歯と歯槽骨のあいだに注射針をいれて麻酔をきかせる方法や、通常使用する手用タイプではなく電動タイプ(シトジェクトなど)の注射器などを使ったりすると麻酔が効きやすくなります。
以上のことから、下の親知らずを浸潤麻酔で抜くときは麻酔が効く時間に個人差がでるので、骨が厚い人は痛い思いをする可能性があります。
一方、上顎骨は骨が薄いので、上の親知らずを抜く人は浸潤麻酔がききやすく、痛い思いをせず抜けることが多いです。(歯の形や根っこの状態が悪く、難しい症例だったら、痛みを感じることはもちろんあります)
1-3.広範囲に麻酔が効く「伝達麻酔」
伝達麻酔は、歯の周りの末端の神経ではなく、脳みそ側に近い神経に麻酔をします。そのため注射針を浸潤麻酔に比べてかなり深い場所まで刺します。
伝達麻酔は麻酔効果が高いがリスクもある
伝達麻酔をすると「下顎半分の感覚ないんじゃない?すごい!」というくらい麻酔がききます。しかし、浸潤麻酔は1~2ミリくらいしか針を刺しませんが、伝達麻酔は15ミリくらい針をブスっと刺します。
このことから、伝達麻酔は骨の厚い人でも麻酔が効きやすいといったメリットがありますが、同時に、注射針を深くさすことによる血管・神経損傷リスクの上昇というデメリットもあります
利点
- 少しの薬液で広範囲に麻酔をきかせることができる
- 浸潤麻酔より麻酔の持続時間がながい
- 浸潤麻酔は骨の厚みの影響を受けるが、伝達麻酔は受けない
欠点
- 神経や血管への損傷や、薬液の血管への誤まって注射するといったリスクがある
- 必要以上の範囲に麻酔がきいてしまうし長時間麻酔がきいてしまう
- 作用させる神経が太いので、麻酔が効くまでに時間がかかる
- 歯科医師に経験と技術力が要求される
伝達麻酔に慣れた歯科医師の探し方
下の親知らずを抜くときに、「絶対に痛い思いをしたくない!どうしても麻酔がききやすい伝達麻酔でやりたい!」という人は、歯科医院にかかるときに電話で「伝達麻酔ができる歯科医院はいますか?」と聞いたほうが良いでしょう。
または、病院のホームページなどで、伝達麻酔が多いであろう外科症例をこなしている医院かチェックしたり、シフト表を確認して口腔外科専門の歯科医師が勤務しているか確認しましょう。
2. これが原因!麻酔を効きにくくする3つの要素
残念ながら、麻酔は全員に同じように効くわけではありません。麻酔をしても効きにくいことがあり、主に3つの要素で麻酔の効果に差が出ます。
2-1.歯の周りの皮質骨が厚い
麻酔は薬液が歯の神経までとどかなければ効果がありません。浸潤麻酔のばあいは麻酔が骨を通過しないといけないので皮質骨の厚みがあると麻酔がかかりにくいです
上顎骨は皮質骨が薄くて麻酔がききやすいです。一方、下顎骨は皮質骨が厚いので麻酔がききにくいことがあります。
2-2.出血が多い
局所麻酔は、字のとおり「局所」にはたらいてほしいので、薬液が患部に長時間とどまっていないと麻酔のききが悪くなります。そのため、出血量が多いと血液から麻酔がドンドン流れてしまい、結果的に麻酔が早くきれてしまいます。
腫れがひどいと出血が増えて麻酔が切れやすくなくし、出血で術野も悪くなって治療が難しくなるので、腫れがひいてから抜歯をしたほうが安全に治療ができます。
出血量が増える原因
- 骨を削らないと親知らずが抜けない症例だった→骨を削ると出血量が増えるし治療時間もながくなる
- 親知らずの根っこが曲がっている→治療時間がのびる=出血時間がながくなる
- 親知らずの根っこが骨にガッチリくっついている→治療時間がのびる=出血時間がながくなる
- 血をかたまりにくくする薬を飲んでいる→出血量が増える
- 腫れている→腫れた組織から出血する
2-3.腫れている
麻酔は組織が酸性じゃないほうが効きやすいといった性質があります。ちなみに、腫れた組織は酸性にかたむきます。このことから親知らずの周りがひどく腫れている人は、麻酔がききにくくなり痛い思いをします。 腫れがひどい人は、抗生物質を飲んで腫れをおさえてから抜歯をしたほうが良いでしょう
3. 麻酔がきいてる時間
麻酔の量に左右されるの具体的にいえないのですが、一般的に2~3時間で麻酔がきれるとされています。麻酔をたくさん使用したばあいや伝達麻酔をしたときは4~6時間、効果が持続することがあります
4. 麻酔がきれたあとの痛みの対応
麻酔がきいているときは良いのですが、麻酔がきれてから痛みでることがあります。特に下の親知らずを抜歯したときは痛みが強くできることがあるので、今から痛みを軽くする方法を紹介します
4-1.痛み止めを飲む
医院から痛み止めを出されると思うので、容量用法を守って飲んでください
もし、医院から処方されていなかったり、処方された薬がなくなってしまったら、ドラッグストアの痛み止めを飲んでください。頭痛薬や生理痛などの薬で大丈夫です。薬のアレルギーがある人は、店の薬剤師にその旨を必ず伝えてください
参考記事「いつまで続く?親知らずを抜歯した後の痛み」
4-2.患部を冷やす
血のめぐりが良くなると痛みが強くなりやすいので、濡らしたタオルなどで患部を冷やしてください
4-3.安静にする
運動をしたり、お風呂にはいると血のめぐりが良くなるので、さけてください。また、傷口を治すためには患者さん自身の免疫力が必要なので、栄養と睡眠をとって、体調管理に気を付けてください。
参考記事「歯を抜いた!腹減った!~抜歯後のおすすめ食べ物~」
5. 麻酔の後に起こるかもしれないトラブル
麻酔をしたあとに、何事もなく麻酔がきれる人が大体なのですが、予期せぬトラブルが起こることがあります。その症状と原因、対処法を説明していきます
5-1.腫れる
麻酔のせいで腫れるときは、注射する粘膜を消毒していなかったり、炎症している歯ぐきに麻酔をしたり、汚染された注射器具を使用することでおこります。
(現在の歯科医療は、注射針は使い捨てで感染対策も昔より厳しくなってるので、注射針が不潔であることはあまり考えられないので、そこはご安心ください)
もし、腫れてしまったら抗生物質を飲んで安静にしてください。
5-2.間違って頬や唇をかんだり、やけどをする
麻酔が効いていると間違って頬や唇をかんでしまうことがあります。麻酔範囲の広い伝達麻酔のほうが起こりやすくなります。麻酔が効いているときにかたいものや熱いものを食べるさいは、注意をしてください
5-3.口があけにくくなる
伝達麻酔をしたときに口があけにくくなることがあります。これは、軟組織や筋肉を注射針で傷つけたことによる炎症でおこります。
軽症のものは数日~1週間でおさまります。しかし、感染もおこっているときは2~3日後が症状のピークをむかえ、長くて1カ月ほど症状が続く人がいます。
治すためには、なるべく早い段階で、消炎剤や抗生物質などを飲む必要があります。あまりに重症だと、外科的処置が必要になることもあります。
5-4.麻痺がでる
下の親知らずを抜くときに伝達麻酔をすると、まれに、麻痺がおこることがあります。
神経の損傷がなければ一過性なので、しらばくすると治ります。原因は注射針を深く刺したり、針の刺す方向が間違ったり、麻酔液の量が多すぎたことがあげられます。
神経損傷をしたばあいは、ステロイドやATP製剤やビタミンB12製剤による薬物療法や神経ブロック療法、理学療法などで治療します。麻痺の治療は一般開業医では行われないことが多いので、大きい病院に通ってもらいます
5-5.血種ができる
伝達麻酔をおこなうと血種ができることがあります。血種は1~2日ていどでなくなり、紫斑も1~2週間で消えていきます。
血種ができたときは、患部をあたためたり※(温罨法(おんあんぽう))、感染予防のため抗生物質を飲んでもらいます
※温罨法
患部をあたためて血管を拡張させ、組織の代謝を促進させる方法
5-6.内出血する
口の粘膜は毛細血管がたくさんあるので、細い注射針を使っても血管を容易に傷つけてしまいます。内出血がおきたときは、肌が紫色になってしまいます。この紫斑は1~2週間で自然に消えていきます。血種ができたときと同じで、必要に応じて温罨法や抗生物質の投与をします。
5-7.Ⅳ型(遅延型)アレルギー
麻酔を使用してから30分~数時間以上たってからおこります。蕁麻疹がでたり、熱がでたり、リンパ節がはれることがあります。また接触性皮膚炎がおこることもあります。
アレルギーは怖いので、症状が出たらすぐに病院に連絡しましょう。歯科医院がしまっているときは、内科などの夜間病院に行ってください
Ⅰ型アレルギー(アナフィラキシーショック)
アナフィラキシーはアレルギーの中でも進行が早くて、重症になりやすいです。麻酔を使用して数分で、皮膚症状(かゆみ、紅斑)がおこります。そして消化器、呼吸器、循環器症状(血圧低下)がでて、意識消失、心停止します。症状が出てから数分以内に抗ショック療法をしなければなりません。この記事を読んでいる方はⅠ型アレルギーの可能性はほぼないので、あくまで補足という形で紹介させてもらいました。
「アレルギー」という単語は花粉症とか猫アレルギーとか喘息で身近に感じるのですが、実はとても恐ろしいのです。運が悪いと死んでしまうこともあります。そのため、「あなたは××アレルギーです」と医者に言われたり、市販薬を飲んで皮膚がかゆくなったり呼吸が苦しくなったことがあったら、新しい病院や薬局にかかるときは、必ず!医師、歯科医師、薬剤師に申告してください!
5-8.視力障害がおこる
まれではありますが、上顎骨の伝達麻酔をおこなったときに一過性の視力障害がおこることがあります。眼筋が麻痺することで複視になります。しかし、30分~3時間ていどで回復するので、特に治療は必要とされていません
5-9.注射針が破折する
適切な使用法をおこなっていればほとんどおこりません。使い古しの注射針や欠陥品の使用、注射針を曲げて使ったときにおこりやすくなります
6. 補足:全身に作用させる麻酔のやり方
麻酔は「身体的な痛みの除去」と、「精神的な痛みの除去」の2つに大別されます。
今まで説明した局所麻酔は、治療中の意識ははっきりしているので「身体的な痛み」のみ、とりのぞくことができます。
これから「精神的な痛みの除去」ができる精神鎮静法と、全身麻酔を軽く説明していきたいと思います
参考記事「全身麻酔の抜歯って実は安全!?全身麻酔の真実」
6-1.意識をぼんやりさせる「精神鎮静法」
精神鎮静法は、意識を失わないていどに中枢神経の機能をおさえて、「精神的な痛みの除去」つまり、“こころ”をおだやかにさせます。この方法では「身体的な痛み」の除去はできず、歯の痛みを感じてしまうので、局所麻酔を併用します
“こころ”を落ち着かせる薬は、ガスで吸うタイプと、薬液で点滴で体の中にいれるタイプがあります
薬を吸ってぼんやりする「笑気吸入鎮静法」
無色、無味、無刺激な笑気というガスを吸うことによって、不安感、恐怖心、緊張をおさえる方法になります。歯科の恐怖心が強い人のほかに、高血圧などで強いストレスをさけたい人、嘔吐反射が強い人にも適応となります。目の手術をした人は症例によっては笑気麻酔をしてはいけないので、担当医にいつ手術したのかを伝えてください
点滴で薬をいれる「静脈鎮静法」
点滴によって薬を体の中に投与して、“こころ”をおだやかにする方法です。笑気麻酔よりも安定した鎮静状態を得られることや、健忘効果(治療中、意識があるのに、治療が終わったあと治療中のことを忘れてしまう)といった利点があります。
6-2.意識も痛みもなくす「全身麻酔法」
全身麻酔は、「身体的な痛みの除去」と「精神的な痛みの除去」の2つを満たします。
親知らずの抜歯で全身麻酔をすることになるのは、意思の疎通が不可能な患者や、局所麻酔にアレルギーがある人や、親知らず以外に多数歯の治療が必要な人などになります
7. まとめ
親知らずの抜歯のときにつかう麻酔について説明をしてきましたが、なんとなくイメージができましたか?
麻酔を打てば痛みが簡単に一切なくなるとかと思いきや、意外にそうではありません。
麻酔がききにくい人は、ききやすい人に比べてやり方に工夫をしないといけません
もし痛いのをなるべく避けたいのなら、事前準備をしましょう←(歯ブラシをちゃんとして腫れをおさえたり最初から伝達麻酔を選択したり)
麻酔効果に差がでるけど一般的に行われて比較的安全な浸潤麻酔でいいやという人は、 下の親知らずを抜くときにちょっと痛い思いをするかも、治療時間が長くなるかもと、覚悟をしてきてください
- 歯科麻酔・全身管理学の手引き 古谷秀毅 他 株式会社 学建書院
- シナリオで学ぶチュートリアル歯科麻酔 住友雅人 他 医歯薬出版会社
- 日本人体解剖学 上 金子丑之助 他 南山堂
- 国試の鉄人 上 DES顧問鉄人担当 石井保亜